「國府宮(こうのみや)はだか祭」は、正式には儺追(なおい)神事と呼ばれ、毎年旧正月13日に行なわれます。
祭りでは裸男の集団が、参拝できない人々の厄除け祈願を込めた布を結び付けた“なおい笹”を捧げ、拝殿へ威勢よく駆けこみ奉納します。
その後、祭りはクライマックスを迎えます。

本殿で神事斎行した儺負人(なおいにん)=神男(しんおとこ)が群がるフンドシ姿の裸男達の中に入り、8000人以上の裸男達による壮絶な揉み合いを繰り広げます。
くまだ裕通がデビューしたのは2000年(平成12年)でした。

以来、毎年欠かさず参加しております。

参加して初めて知る裸男の心意気を、あなたも体験してみませんか!


国府宮はだか祭り公式サイト
http://www.konomiya.or.jp/

恥ずかしながら、フンドシ姿のくまだです

国府宮はだか祭りに、くまだ裕通がデビューしたのは2000年(平成12年)でした。
祭りは一番寒い2月に行なわれます。
それでそれまでは、背広姿で出発式に顔を出しご挨拶するだけでした。

そんな中、地域のある忘年会で「くまださんも情けにゃあ。裸男になって祭りに参加せにゃあかん。俺よりも若いのだから」と言われ、その声は次第に大きくなるのです。
とうとう、年貢の納め時が来ました。

翌年のはだか祭りに、くまだ裕通もフンドシ姿で初参加。
なおいの笹を持ち、西区から国府宮まで約30kmを6時間かけて走り歩きました。
帰宅した時は疲れ果て、翌日は足が痛くてたまりませんでした。

でも、祭りの充実感・一体感・爽快感を初めて知りました。
同時に、各地域の盛り上がりが祭りを支えていることに気付きました。

寒風の中で知った一体感と爽快感

わが町を振り返れば、盆踊りもなくなり祭りは減るばかり。寂しい限りです。
はだか祭りへの参加を地域の大イベント、町おこしにできないか?

当時、西区は比良地区が中心で、庄内・浄心地域の参加者はお客さんでした。

やるなら主役でやりたい!

平成13年、くまだは庄内学区3神社の氏子さんの協力を得て、庄内の神社に集い出発するようにしました。
現在も「庄内裸男の会」の会長を務めています。

▲なおい笹は途中で大竹に巻きつけ一本の御柱にし、裸男達が国府宮神社まで担いで運びます

国府宮はだか祭りというと、裸男と神男がもみにもむ勇壮な祭りとして有名です。
でも、祭りのメインは、裸男達が皆さんの厄を国府宮に届けることです。

ですから、庄内の裸男も皆さんの厄をなおいの笹にして持ち、まずは西区中の裸男集合場所に向かいます。
そこでなおいの笹を集めて大きな御柱にします。その御柱をかつぎ、国府宮まで走るのです。

その数、数百人。大行列です。

国府宮神社に御柱を粛々と奉納して、我々の祭りは終わります。
私達は、神男目指してぶつかりあう男達の中にいるわけではありません。

はだか祭りは庄内地域にすっかり定着しました。

寒い時期を迎えると「はだか祭りの季節だね」と、地域の人たちから声が掛かるようになりました。
町おこしの一助になれたかなと、少し自負しております。

*2017年は、2月9日に行われる予定です。当日は熊田事務所総出で、はだか祭りに参加します!